中国伝統医学太極拳会は2000年9月に日本・名古屋で設立されました。地域やカルチャーセンター等での指導を通じて、中国の伝統文化が培ってきた太極拳を通じた健康づくりに邁進しております。
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2010年12月31日 秋田新幹線の車窓は一面の雪景色、東京駅を出て盛岡駅を経由し向かうは男鹿半島。秋田駅からローカル鉄道男鹿線に乗り換え男鹿温泉郷へ、車掌さんの秋田弁、旅の疲れも何処とやら時間を感じない旅の始まりです。



2010年12月 31日秋田新幹線車窓は一面の雪景色


大晦日の夜は 「なまはげ」が町内の家々を回り「悪い子はいねがあー」「泣く子はいねがあー」と声を発しながら怠け者や子供、花嫁を探して暴れ、家の主人がなだめ、もてなすそうです。
一足早くその光景を「なまはげ館」で体験し一年分の疲れが消えました。



家の主人がなだめ、もてなすそうです。





なまはげ巨像の前「太極拳練習していねい子いるがあー」



徐福 変身 太極拳修業すんだべいー


夜は「しょつる鍋」で日本海の美味を堪能できました。鍋の主は「ハタハタ」漢字で「鰰」神の魚と書きます。云われはいろいろあるようですが真冬の厳しい時期に群れをなし漁師さんの懐を潤したことのようです。
 
元旦の朝、初詣でに「赤神神社五社堂」へ向かいます。

ローカルバスで海岸沿いの道をのんびりと走り、穏やかな海を眺めながら今年はこの様な年でありたいと祈りました。五社堂への道は海岸近くから石段の登りとなります。



999段の石段は雪に覆われ一段一段はっきりと刻む足跡が新しい年の始まりを祝福しているようです。

およそ2000年の昔、漢の武帝が五匹のコウモリを連れて男鹿にきました。コウモリは五匹の鬼に変わり武帝の家来となりました。1年に一度正月休みに鬼たちは大喜びして里へ降り畑を荒らし、家畜や娘をさらっていくようになりました。困った村人たちは一夜で千段の石段を築くことができれば1年に1人ずつ娘を差しだすが、できない時は二度と里に降りないと約束させました。

約束の日、鬼たちはあと一段となった時「コケコッコー」と一番鶏の鳴き声が響きわたり鬼たちはあきらめて山に帰っていきました。それ以来二度と姿を見せることはなかったそうです。物まねのうまい村人が真似をしたといわれています。村人たちは五社堂に鬼たち祀り、怒り狂った鬼たちの様子が「なまはげ」として伝えられているようです。


現代版 徐福 in  五社堂 です


 

五社堂近くに徐福塚があり二千数百年前この地に足跡を刻んだ記念碑として祀られています。





五社堂のそばに「姿身の井戸」があり覗いた自身がハッキリと映れば長寿とされます。私もチャレンジしほっとしました。



翌日、男鹿水族館GAO、と男鹿半島の北西端に位置し北緯40度線上の入道崎を訪れ帰路につきました。


いつでも、どこでも太極拳 in GAO


右分脚 




右打熊式?「右打虎式」 




金鶏独立  (重いよう^^^^)


北緯40度 徐福殿へご挨拶


次回は長崎県不老山の旅を報告します。 お楽しみに!

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日本で最初に徐福さんの話を聞いたのは今から13年前のことです。

 

太極拳を名古屋で指導するようになった生徒さんからお土産として


徐福茶なるものを頂き日本に徐福さん渡来の地があるとの話で、

 

私は小学校の授業で徐福さんの話を秦の始皇帝の歴史書として

 

学んだ記憶が蘇り懐かしさを覚えました。ちょうど熱田神宮近くの

 

公園で練習をしていましたが熱田神宮内にもあるとのことで

 

探してみましたが半島はっきりしません。


その後、徐福さんのことは常に脳裡をかすめていました、昨年の

 

正月に秋田県男鹿半島に旅行に行く機会がありその地が渡来地

 

として伝承されているとの事で徐福さん渡来の地を巡る旅を

 

始めました。長崎県の不老山、京都府丹後半島の新井崎神社、愛知県

 

豊川市の莵足神社、浪ノ上稲荷神社そして今回和歌山県新宮市を

 

訪れました。53日前日までの豪雨も一掃され五月晴れに歓迎され

 

新宮の地を列車で目指します。紀伊勝浦で熊野古道大門坂、那智の滝、

 

熊野那智大社を訪れ翌日いよいよ新宮駅へ、駅の正面に徐福公園が

 

あり中国風の大きな楼門が目に入ります。私は思わず日本に来て

 

十何年何故かこの時を待っていた感激の瞬間です。

 







  平成6年にオ-プンした公園内には徐福像、徐福の墓、徐福の重臣7人を祀った石碑などが建立されています。中でも不老の池には徐福が最も信頼する重臣7人が持っている徳を「和」「仁」「慈」「勇」「財」「調」「壮」が刻まれた石柱が北斗七星の形に配して立っています。
  北斗七星は北極星,道教の星信仰の中では人の寿命禍福をつかさどる神とされています。徐福の7人の忠臣を記念し、公園内に北斗七星の形に配置されたようです。

 伝統85式楊式太極拳の中で78式目の名前は「上歩北星」、シャンプチシン、(Shang Bu Qi Xing)その名前の由来は北斗七星は天体不動の恒星ですが、太極拳では上歩が最初に来るのは人間はただ好運を待つのではなく積極的に自分の身体を使って日日鍛練し、自分と向き合うことです。



公園内の不老池 7人の徳の石柱 


公園内の現代版徐福です。





  公園内には徐福が探し求めた不老不死の薬とされるクスノキ科の常緑樹の「天台烏薬」テンダイウヤクが樹勢しています。不思議なことに葉には3本の筋しか通っていません。この葉をもとにブレンドされた徐福茶が公園内の売店で販売されています。

 徐福公園から数分歩いたところに阿須賀神社があり背後には徐福一行が航海の目標とした蓬莱山があります。翌日、熊野本宮、熊野速玉大社、権現山(神倉山)を参拝し帰路につきました。世界遺産に登録された熊野の大自然の中で神仏とともに生る人々が2200年前に渡来した徐福一行と何らかの関わり合いをもっていることが実感できた旅でした。

次回は秋田県男鹿半島を随想します。お楽しみに。
  2012年4月22日 第二回秀葉院道場の講習会が開催されました。朝から雨の天気ですが中国の詩聖杜甫の詩に「好雨知時節、当春乃発生、随風潜入夜、潤物細無声、、、、、、」 雨が季節を知り、萬物を潤します。
4月新学期 昨年の様々な思いは春の雨に流して新しい一歩を踏み出す絶好の日となりました。




写真1. 畏るべし太極拳パワーいつまでも若い身心、                            
     励みになります。
     お兄ちゃんお姉さん、二人合わせて165歳 
     神本守行先生(10年生)、深見さん(7年生)。


 


写真2. 太極拳指導写真(練習は楽しい)

  2012年4月8日に秀葉院道場を開校しました、晴天に恵まれ、大勢の人々がご参加していました、その日、御釈迦様の御誕生日で花祭りです、御寺の前に草花で飾った花御堂(はなみどう)を作り、その中に灌仏桶を置いて、甘茶を満たします。灌仏桶の中央には誕生仏の像を置き、柄杓でお釈迦様の像に甘茶をかけて皆で祝いました。伝統ある御寺で伝統太極拳を練習できることは幸せです。

写真1. 道場内部風景写真  

手前の太極拳の陰陽図はお花でできたもの、御釈迦様のご生誕を祝う、特製したものでした。後方の掛け軸は、伝統太極拳の開祖たち、左から、李亦畬宗師(武式第2代、 廉譲堂太極拳譜の作者)、武禹襄祖師(武式太極拳開祖)、楊禄禅祖師(楊式太極拳開祖)、楊班侯宗師(楊式太極拳第2代)、傅鐘文先師(楊式太極拳第4代―私の師父でございます)。宗師たちの威風堂堂なお暖かい眼差しのもとで練習ができました。

写真2. 練習後の集合写真  



 楊式太極拳創始者の楊禄禅先師は晩年弟子たちを前に太極拳の究極の目的を話しました。 弟子たちは秘伝の技の伝授を期待して集まっていたが先師の言葉は「詳問用意終何在,延年益寿不老春」と答えたそうです. 日本語で太極拳の最終的な目的は,「アンチエイジング,心身ともの健康の実」であると。

  司馬遷の「史記」によると紀元前3世紀、中国秦の時代に始皇帝の命を受け徐福以下3,000人の童男童女が東方(朝鮮半島、日本)に不老不死の霊薬を求めて船出しましたが霊薬は見つかりませんでした。徐福は日本に住み農耕、稲作、お茶、織物などを伝えたと云われています。


 現代版徐福伝説は不老長寿の術。それは太極拳です。


 私が中国上海から初めて日本に向かう飛行機からの名古屋の夜景は薄暗く一抹の不安を感じました。来日後、その不安も多くの方との交流で直に払拭されました。<  人生の多くの転機は人との出会いが取り成す縁かもしれません。

 上海で傅鐘文大師と巡り合ったのも、また日本で多くの方との出会いがあったのも全て太極拳という中国伝統文化の継承と普及というキーワードに繋がります 日本で現在の私を築いた三つの偶然の出会いがあります。


  一つは人との出会い、中でも当時太極拳と縁もゆかりも無い「長谷川」姓の方との出会いです。現在当会顧問の長谷川先生ご夫妻、平田寺長谷川ご住職夫妻。

 二つ目は名古屋大学医学部での研究テ-マです。太極拳を医学的に研究するものではなかったのですが結果は全て太極拳運動がもたらす丹田の効用に結びつくものでした。一つは博士論文での脳にまつわる研究です。現在は消化管におけるセロトニンの活性化についての研究で論文発表しました。今後、脳-腸相関が太極拳運動によりどのような役割を担うのか究明してまいります。 

 三つ目は 著名な日本の民俗学者の柳田邦男氏、作家司馬遼太郎氏にまつわるある キーワードです  これらの内容はいずれ詳しく述べることとして次回からは徐福ゆかりの地を巡る旅の報告をさせて戴きます。

次回をお楽しみに。




廉譲堂「れんらんたん- Lian Rang Tang 中国語の発音」

 太極拳譜とは武式第二代李亦畬宗師が太極拳の極意をまとめた最上の指南書です、太極拳の聖書とも呼ばれています。李亦畬宗師は40年間酷暑の中で扇子を使わず、また厳寒の中でも暖を取らずに最上のものを研究を重ねた書斎の名前です。中国と日本で李亦畬宗師を敬愛すべく会の名前として伝統太極拳の普及と継承をしてまいります。

http://taikyokuken.shisyou.com/

中国伝統医学太極拳会・公式ホームページが完成致しました。

会の紹介のほかに、教室情報などを発信しております
ホームページに太極拳教室の一覧を掲載いたしました。

http://taikyokuken.shisyou.com/placetogo.html
太極拳教室のご案内です。
 
 身心の健康を静寂なお寺の施設で学びませんか。太極拳は武術であると同時に身心の健康術として広く親しまれています。日曜日の午後精神を集中してリフレッシュを図る教室です。

場所 : 秀葉院
  名古屋市港区作倉町2-46
  TEL:052-661-1380
  地下鉄名城線 港区役所駅1番出口から東へ徒歩5分
  開催日時:
  毎月第2、第4日曜日 14時30分~16時
  4月8日、22日 5月13日、27日 続く

  講師 : 中国伝統医学太極拳会 会長
     NHK・朝日文化センタ-講師

      劉 紅年  医学博士

  会費 : チケット制 10回 \12,000 

パンフレット(pdf)
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皆様はじめまして。私は中国伝統医学太極拳会・会長の劉紅年です。

 

出身は中国の上海市。その後来日し、名古屋大学で医学博士を取得し

ました。

私が太極拳と出会ったきっかけをお話したいと思います。上海で立ち

寄った公園で伝統楊式太極拳第4代・傅鐘文(ふしょうぶん)大師に

出会ったのです


 
 
 

指導写真

 
9月の日曜日、雨あがりの朝のことでした。その日の夜、他の兄弟子

とともに食事に招待されました。それから老師の内弟子としての修行

が始まりました。修行の日々での老師の言葉は「もっと練習しなさ

い、そうすればきっと強くなれる。そこに真髄がある」でした。

老師の晩年まで師事した内弟子でした。


今となっては老師も兄弟子もほとんどがこの世を去りました。秋の日

に鶴舞公園を散策していると、ふと懐かしい日々が心に蘇えり、涙に

かられます。


その後、修行の末に伝統楊式太極拳第5代伝人となりました。

現在は太極拳を医学的に研究する傍ら、愛知県を中心とした周辺地域

で講師を務め、伝統太極拳の真髄を伝えています。emoji



 

拝師写真




中国伝統医学太極拳会 会長 劉紅年

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プロフィール
HN:
劉紅年
性別:
女性
自己紹介:
会長・劉 紅年 老師

伝統楊式太極拳第5代伝人
伝統武式太極拳第6代伝人

中国伝統文化の華である伝統太極拳の普及と継承を目的とし2000年9月名古屋にて設立しました。

楊式太極拳創始者の楊禄禅先師は晩年弟子たちを前に太極拳の究極の目的を話しました。

 弟子たちは秘伝の技の伝授を期待して集まっていたが先師の言葉はく「詳問用意終何在,延年益寿不老春」と答えたそうです. 日本語で太極拳の最終的な目的は,「アンチエイジング,心身ともの健康の実」であると。

司馬遷の「史記」によると紀元前3世紀、中国秦の時代に始皇帝の命を受け徐福以下3,000人の童男童女が東方(韓国、日本)に不老不死の霊薬を求めて船出しましたが霊薬は見つかりませんでした。

しかし、現代不老長寿の術はあります。それは太極拳です。

歴史のロマンと現代社会を生き抜く術を学びながら医学的効用について解明を図ってまいります。

医学博士会長 劉 紅年